領海線
領海の範囲で、海岸の干潮線から一定距離に引かれる線が領海線になります。距離については、18世紀末の末にイタリアのアズニが沿岸からの着弾距離を基礎にして3カイリ説を主張して以来、この説が学説上および国家の実行に広く取り入れられました。日本も米英仏などの多数国とともに、3カイリを領海の幅としていました。古くは北欧諸国が4カイリを、その後はソ連をを初めとした国々が12カイリを主張するようになったために、画一的な距椎をきめようとする動きが起こってきました。1958年2月の海洋法国際会議で取りあげられましたが、決定されず、60年3月の第二回会議でも解決をみませんでしたが、12カイリ領海へ勢いが強くなっていました。
領水は最も広い意味では、国家の領域に属する一切の水域のことで、すなわち領海の他、湾、港、河川、湖沼などの、一国の内水とされる水域をも含みます。広い意味では領海、狭い意味では、内水に同じです。一般には、領海の意味に用いられます。
内水化宣言とは一定水域が自国の内水に編入されていることの宜言で、国際法上、内水とは国家領域の中で河川や湖沼、運河、港、湾、内海などを言います。しかし厳格にはこれらに当たらない水域で、歴史的に内水として一扱われてきたものや、屈曲の多い海岸線や散在した島をもつ水域はこれを内水とすることができます。1957年ソ連がウラジオストック前面で、湾に100カイリに及ぶピョートル大帝湾を歴史的湾であるとして内水化宣言をおこない、外国の船舶や航空機の通行を許可制にしたのはその例でした。

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